私が娘に出会うまでの記録 ~さまざまな病気を乗り越えて~

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こんにちは。看護師のチーコと言います。現在、2歳になる娘が一人います。
不妊治療をメインとした産婦人科クリニックで、約3年半、看護師として勤務してきました。その中で、様々な不妊治療カップルを見てきました。成功する人も諦める人も、みんな悩んで悩んで不妊治療生活を送っていて、私たち医療スタッフは、そんな患者様の不安や悩みに向き合いながら、妊娠を喜んだり、時には辛い選択や結果を一緒に受け入れたりしてきました。
そんな私も、約1年間の不妊期間を経て、娘を授かることができました。そこで、今回は、私の妊娠までの経過をお話したいと思います。

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26歳、子宮内膜症

その頃、私は毎月のひどい生理痛に悩まされていました。また、性行痛もあり、近くの婦人科を受診しました。そこで言われたのは「子宮内膜症ですね」ということでした。そこのドクターが心ない人だったため、次のような言葉も言われました。「腸と癒着してるのかな。子どもは無理だと思ったほうがいいよ」と。
当時は、婦人科の知識はほとんどなく、看護師であっても素人感覚で、そんなことを言われて、私は頭が真っ白になりました。今、考えれば、本当に考えられない発言で、また医学的根拠の全くないことというのは分かるのですが、本当に辛かったです。
そこで、私は総合病院を紹介してもらい、MRIを撮りました。その結果は、「明らかな癒着は無い。子宮内膜症は開腹してみないと確定診断はつかない病気。ただし、子宮内膜症だからと言って、みんな子どもができないなんてことは有り得ない。むしろ、妊娠することが治療になる」と言われ、低用量ピルを処方されました。
子宮内膜症とは、子宮内膜が本来あるべきところではない場所に増殖してしまい、毎月の生理でその内膜が剥がれるため、月経量が多くなったり、性行痛が出たりします。増殖する場所が腸の場合は、癒着を起こすこともあります。稀に、肺などに増殖すると、血痰が出ることもあります。子宮内膜症の程度、癒着の場所によっては、不妊の原因となりうることがあります。

30歳、バセドウ病

結婚し、そろそろ子どもが欲しいと思い、基礎体温を付け始めた頃、私はバセドウ病を発症しました。
バセドウ病は、甲状腺機能が亢進している病気です。症状は多々ありますが、その一つとして、不妊、流産の確率が高い、というのがありました。医師が言うには、「バセドウ病の場合、ホルモンが安定しない限りは妊娠しにくい、あるいはしても流産しやすいため、治療が落ち着くまでは妊娠は控えたほうがよい」とのことでした。私は、傷病手当をもらいながら、服薬治療と自宅療養に専念しました。ホルモンが安定し、妊娠の許可が下りたのは、発症してから1年でした。

31歳、多嚢胞性卵巣症候群

バセドウ病も安定して、妊活をスタートし、採血やエコーから分かったのは、多嚢胞性卵巣症候群でした。
これは、卵巣の中に卵胞がいっぱいあるため、排卵するための卵胞が育ちにくい、卵巣障害です。治療法としては、クロミフェンを服用しながら卵胞を育てるというのが第一歩となりました。私は、クロミフェン服用とともに、排卵期には尿中LHを測定してタイミングを取りました。

31歳、妊娠判定陽性

クロミフェン周期でもなかなか妊娠に至らず、タイミングも合わせられなかったり、また月経周期が40日以上と長かったりしたため、次のステップに進むために婦人科の予約をしていた前日に、念のため検査してみると、陽性でした。嬉しさよりも最初は驚きでした。なぜなら、その周期は基礎体温とLHから見て、排卵期にはタイミングが取れていなかったからです。まさに妊娠とは神秘的で科学で証明できないこともあるんだなぁと思いました。

まとめ

以上が、私の妊娠までの経験です。結婚を考える前に子宮内膜症が分かり、一時は結婚も出産もできないかもと悩み、バセドウ病を発症した時には年齢のこともあり、とても焦りました。結果的に、素敵な娘を授かることができましたが、不妊治療をしている人はみんな、出口の見えないトンネルにいるような気分だと思います。そんな不安や焦りを少しでも和らげることができればと思います。

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